死す者と死せぬ者

作成日:2018.12.08

タグ: 短編

 死という概念がなくなり、時間を持て余して「終わりのある人生を体験する装置」に向かうことを繰り返していた。 そんな中、誰かが宇宙探査をしてはどうだろうかと提案した。 無限の広がりを見せる宇宙に無限とも思える時間を持つ我々が繰り出していく。 気がついてみれば、ごく自然なことではないか。 時間の制約がないのだから、特別な航法は不要である。 だからほとんどの時間は今までと同様に退屈で、「装置」に向かう他にすることはないだろう。 それでも、時々興味深いものに出会えるかもしれない。




 「装置」から出ると、何やら船内が騒がしくなっている。 普段「装置」に向かわずに船内で活動しているのは、状況把握を行う者たちのみである(ちなみにこの役割は全員で交代で担う)。 しかし惑星系に近づいてきた時には、新たに「装置」に向かうことはない。 だから船内が騒がしいということは、惑星系にかなり近づいてきたということだろう。 とはいうものの、この騒がしさはこれまでとは何かが違う。
 騒がしい部屋へ行ってみると、皆が何かを取り囲んでいるようだった。 見える位置へとかきわけていくと、そこには見たことのない物体があった。 よく作りこまれていて、とても自然にできるような形には見えない。 それに加えて、意図をもって刻まれたように見える記号もある。 一目見ただけで生命体の存在が予感される、そんな物体であった。


 生命体が存在すると思しき惑星に近づいてきた。 より接近する前にその様子について観察することになった。
 まず気づいたのは、惑星の周りに惑星系の外側で見つけた物体に似たものが多数浮遊していることである。 実はそれらが生命体なのではないかという説も出た。 しかし不規則な運動をしていない上、能動的な相互作用が見られないことから違うという結論に至った。
 そして惑星本体について調べると、地表があることが分かった。 地表で何やら動いているようにも見えるが、ここからではそれが生命体であるか否かを判別できない。 そこで何名かが代表で地表を探査することになった。


 しばらくすると、地表へ向かった代表たちが戻ってきた。
 確かに生命体は存在して、地表に降り立ったら集まっていたこと、 しかも彼らの姿は我々とほとんど同じであったこと、 その一方で彼らとの意思疎通は不可能だったこと、 一時的に彼らに捕まったものの脱出に成功したこと、 その後は怪しまれることなく自由に行動できたこと、 彼らは寿命を持ち、やがて死ぬ運命にあること などが報告された。

 我々と似た生命体がいて、しかも死ぬとなると、実物を見てみたい気持ちになった。 それは他の者たちも同じようであった。 報告をもとにトラブル対策を含め計画を練り、交代で惑星の地表へと向かうことになった。

 地表へ向かう順番を待っていた誰かが、生命体に記録装置をつければ「装置」で現れるパターンを増やせるのではないかと閃いた。 それを実行することに反対する者はいなかったので、船内で待っている者たちで記録装置の開発を行い完成させた。 記録装置は地表に向かう者が持っていき、生命体を捕まえてちょっとした手術を施すことで取り付けられる。 そしてそれは取り付けられた生命体の死後に自動で惑星の外にまで上がってくる。 宇宙空間まで上がってきた記録装置を回収して情報を処理することで、「装置」で生成される人生の素材とすることができるのだ。


 そのうち全員が惑星の地表へ行き、死ぬ定めにある生命体を拝むという惑星観光は終わった。 そして記録装置も回収し、「装置」の内容を充実させる計画も成功した。
 そろそろ惑星を離れようという時に、生命体の感覚を乗っ取って死のある人生をリアルで体験したら面白いのではないかという提案があり、一部の賛同を得た。 しかし感覚を乗っ取って我々と同期させるのはできるか分からない上、できたとしても「装置」と大して変わらないはずであるという意見が多数を占めた。 だからこの提案は却下され、惑星を離れることになった。




 それからしばらく後のこと。 そういえば、あの生命体を死から解放しなくて良かったのかという疑問があがった。 これに関しては色々考えを巡らせたり議論が行われたりした。 しかし最終的には、死ななくなっても特に良いことはないという現実に気付いたため、ほっとけば良いという結論に至った。
 そうこうしているうちに惑星系全体も巡り終えた。 以前のように、交代で状況把握をしながらバージョンアップした「装置」に向かう日々へと戻っていった。

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