ルールを守らないことについて

作成日:2018.06.16

カテゴリー:雑感

はじめに

 本記事はルールが守られない理由と思われることについて適当に述べたものである。 各章の内容は関連していなくもないが、文中で関連性を明示してはいない。

目次

  1. 信号無視
  2. 見られているか否か
  3. 罰則のタイミング
  4. 「臨機応変」という言葉
  5. 個人の利益と全体の利益
  6. 参考

信号無視

 ルールを守らないといえば、歩行者の赤信号の無視だろう。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言葉もあるくらいである。 どのくらいの人が赤信号で渡るかを調べたものもあるようだ*。 道幅が狭いほど無視する人の数も多い気もするが、その関係を調べるのは本題から離れすぎるのでやめておく。
 歩行者が信号無視をする理由は概ね「明らかに車が来ていないのに待っているのは馬鹿馬鹿しい」からであろう。 信号は安全を確保するためのものであるから、明らかに危険でない状況であれば信号を無視しても良いだろうという考えも分からなくはない。 けれども個人の都合を優先してルールを破っていることには変わりない。

見られているか否か

 誰かに見られている時はルールを守るが、そうでない時は守らないということもある。 見ている人が上司、先生、警察官などの自分より立場が上で権限がある人であるかどうかも影響するようだ。 これは「見つからなければ罰を受けない(恥をかかない)からルールを守らなくても良い」という考えからくるものだと思われる。 このような考えがあるから、神様とかお天道様とかが見ているという言葉があるのもうなずける。

罰則のタイミング

 ルールを守らないと罰則が与えられることがある。 しかし罰則が与えられるのはルールを破ってからしばらく経ってからであることが多い上、場合によっては違反が認知されず罰則を受けないことまである。 すなわちルールを守るか否かは、目の前の利益を得るか将来の損失を被る可能性を回避するかのどちらを選ぶかということである。 将来より現在の損得を優先させる心理が働きがちなので、このような構造を持つルールは破られやすい。
 これを回避するにはルールを破ったら必ずすぐに罰則を与えるようにすることになるだろう。 だが、そうするためには監視社会にせざるを得ないだろう。 ルールを守らせるという観点においては、監視社会が理にかなっていると言えるかもしれない。

「臨機応変」という言葉

 臨機応変という言葉がポジティブな印象を持つ一方、融通が利かないというのはネガティブな印象を持つ。 ルールを厳密に守るというのは、どちらかといえば融通が利かないというイメージがある。 「今回は例外」というように臨機応変な対応が行われがちになるのは、このような理由からかもしれない。 尤も「今回は例外」が横行するとルールがなかったことにされるのだが。

個人の利益と全体の利益

 そもそもルールは全体の利益のために定められているはずであるから、個人の利益と一致するとは限らない。 一致しなければ利益のためにルールを守らないということも当然起こるだろう。
 蛇足であるが、本章の第一文で「はず」と書いたのはゲリマンダーのように権力者が自分の利益に沿うようにルールを決めることもあるからである。 ルールを定めるのであれば、全体の利益に沿うようにしてほしいものである。

参考

朝の通勤時間帯に信号無視をする歩行者を観察する(Hondaの交通安全)

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