表現の義務

作成日:2018.09.30

カテゴリー:短編

 何かを発信すると誰かがそれに難癖を付けてくるのが当たり前になった。 全員がそれぞれ何かしらの発信に言いがかりを付けるお互い様の状況だ。 面倒な反応がたくさん返ってくるので、人々が発信をやめていったと聞いても何の不思議もないだろう。
 こうして世界から表現が失われていった。 それと同時に文明の衰退も進行していった。 このままでは滅びてしまうので、表現の義務化が検討され始めた。 当然この動きによって中傷合戦が引き起こされたが、建設的な議論は起こらなかった。 すでに議論という文化は廃れてしまっていたのである。
 こうして歯止めがかかることなく物事が進んだ結果、表現の義務が課されることになった。 ところが人々は表現という行為を忘れてしまっていたため、どのように義務を果たせば良いか分からなかった。 このような状況を施政者は静かなる反抗とみなし、人々を投獄し拷問を加えることにした。
 拷問を加えれば当然悲鳴を上げる。 これは明らかに感情の表現であるから、悲鳴を上げたら直ちに拷問をやめる。 すると繰り返すうちに何もしなくても悲鳴を上げるようになる。 そうなった人は表現の義務を果たしているとみなせるので釈放する。 すると悲鳴を上げている釈放された人を見て、これを真似すれば投獄されないで済むと気づいた人々も悲鳴を上げ始めた。

 かくして世界は悲鳴で覆われることとなった。

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